だいぶ前から、このタイトルでコラムを書かなければならないと考えていた。日本では古くからジンギスカンとして親しまれているモンゴルの英雄だが、中国語表記では成吉思汗と書く。中学校のときの歴史の授業で、「なるきち思うに、汗をかく」と語呂合わせを教え込まれたのを覚えている。この中国語表記はモンゴル語名を音訳したもので、中国語読みするとチョンジースーハンとなる。
さて、モンゴル語そのものをカタカナ表記したものであるが、私が書物などで目にしたことがある限りでも「チンギス・ハーン」、「チンギス・ハン」、「チンギス・カアン」、「チンギス・カーン」、「チンギス・カン」と5通りある。これらはすべて、史実または伝承にもとづいたモンゴル語名のバリエーションであって、どれを採用するかは歴史学、社会学、文学、言語学などといった立場の違いでしかない。さらに、「チンギス汗」と表記している専門家もいるので、先ほどのジンギスカンと成吉思汗をこれらに加えると、計8通りの表記となり、どれも間違いではない。
「ハーン」と「カン」は語源的に別系統の単語であるが、「ハーン」という語の古い発音は元来「カガン」であるから、「チンギス・カガン」という表記もあり得るはずだが、この表記が可能かは微妙なところである。現代モンゴル語のハルハ方言(実質的な標準語)および中国内モンゴルの標準音(チャハル方言など)では、日本語カタカナ表記の「ハーン」に近く聞こえるが、彼(チンギス・ハーン)が生きていた時代にはチンギス・カンと呼ばれていたはずである。
そこら辺のくだりは、2006年1月刊行の 白石典之,『チンギス・カン』(中公新書, 2006). の前書きに詳しい。文献史学と考古学に明るい上記著者は、実証的かつニュートラルな立場で、この「チンギス・カン」という表記を採用したとのことである。
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